マンガ考察【寄生獣】 田宮玲子はなぜ死んだのか?

マンガ

田宮玲子の死の疑問

 マンガ「寄生獣」において、なぜ田宮玲子が死んだのかという疑問について考察していきます。よく聞く意見では、子供を守るため抵抗しなかったという解釈をされていることが多いです。しかし、それだけでは説明できない点があります。結構自信のある説なので、ぜひ最後まで見ていってください!

状況整理

 まずは、田宮が亡くなった状況の整理から始めます。田宮はひかり第一公園にて、平間たち警察に拳銃で撃たれ死亡しました。しかし、このとき田宮は戦うことや逃げることも選択できたはずです。それは、ミギーの「戦おうと思えば戦えたはずだ!そして逃げることも……」というセリフからも分かるように、あえて攻撃を受け、死ぬことを選んだと考えられます。

本当に子供を守るために死んだのか?

 これに対し、ミギーのセリフはあくまで田宮が一人であった場合の話であり、戦うことや逃げることを選択した場合、子供を守り切ることはできない。そのため、子供を守るために抵抗しなかったという解釈をされることが多いです。
 しかし、田宮は複数の攻撃モーションのパターンを持っていたこと、3体の寄生生物にリンチを受けた際の立ち回り、さらには後藤の「田宮であれば自身といい勝負ができたかもしれない」といった発言から、子供を守りながらでも問題なく戦うことや逃げることができたのではないかと考えられます。
 例えば、片方のパターンで自身を守りながら、もう片方のパターンで攻撃や移動をすれば、自身も子供も無事に切り抜けられた可能性があります。また、子供を新一に任せて自分だけ逃げるという方法もあります。新一と田宮は仲間ではありませんが、新一はただの人間である子供に危害を加えないことを田宮も理解していました。田宮自身、どうしても子供と離れたくない、あるいは自分で育てたいという望みを持っていたわけではなかったため、問題なく逃げることができたと考えられます。
 他にもさまざまな選択肢が考えられますが、田宮の身体能力と作中トップクラスの知能を駆使すれば、自身と子供が無傷で逃げ切ることは決して難しくなかったでしょう。したがって、田宮が死んだのは、あの場で子供を守るためではないといえます。

田宮の母性の獲得

 田宮が亡くなった理由を考えるにあたり、田宮の変化についても検討する必要があります。田宮の変化として、母性の獲得があったと考えられます。
 倉森が田宮の子供を人質にして誘拐した際、当初は「何かの実験に使えるだろう」と言っていた子供を、危険を承知で助けに行きました。田宮が警察に取り囲まれる前に倉森と話す場面において、ミギーは「何だ この波長は…… こんなのは初めてだ たしかに田宮玲子の『脳波』には違いないが…… いままでの『仲間』でこんな変わった波を出すやつはいなかった…… いったいどういう『感情』なんだ……?」と発言しています。この発言から、当時の田宮の感情は、通常の寄生生物やミギーですら持ち合わせていないものであったと考えられます。


 また、田宮の子供を殺すふりをした倉森を田宮は殺しました。倉森が死に際に放った「だが……まさか化け物のおまえがな……(中略)おどろい……た……ぜ……」という言葉に対し、田宮は「自分でも驚いているわ……」と返しています。
 これらのシーンから、田宮はそれまで明確に自覚していなかったものの、母性が目覚めていたと捉えることができます。

子供を育てる選択

 田宮が母性に目覚めたのであれば、自身が育てるか、人間の手で育ててもらうかの二択が考えられます。その中で田宮は、人間たちの手で育てることを選びました。これは、田宮の寄生生物に対する見解によるものだと考えられます。
 田宮は生まれてすぐから、寄生生物とは何なのかを考え続けてきました。そして出した結論は、寄生生物と人間は一つの家族であり、寄生生物は人間の子供であるというものでした。

寄生生物は、他の生物に寄生することでしか生きられず、生殖能力も持たない存在です。そのため、田宮は「寄生生物は人間の子供である」と表現したのです。そして、子供には子供を育てることはできません。そのため、人間の子供である寄生生物には、子供を育てることはできないという結論に至り、人間たちの手で普通に育ててもらうことを選んだのでしょう。

田宮が亡くなった理由

 しかし、その選択をしたからといって、自身が死ぬ必要はありませんでした。人間に子供を預けて、自分はどこかへ逃げることも可能だったはずです。そうしなかった理由は、最期の田宮と新一との会話や、その前の倉森との会話から読み取ることができます。
 最期の田宮と新一の会話では、「ずうっと……考えていた…… ……わたしは何のためにこの世に生まれてきたのかと……(中略)どこまで行っても同じかもしれない……歩くのをやめてみるならそれもいい…… 全ての終わりが告げられても……『ああ、そうか』と思うだけだ」と語っています。

一方、倉森が田宮に対し、「いまここでこの子供を殺してもおまえは悲しんだりはしないだろう 『ああそうか』と思うだけだ ……違うか?」と尋ねた際、田宮は肯定せずに無言で倉森をにらんでいました。


 この二つの会話は、「ああそうか」という言葉を軸に対比されています。田宮は自身の人生の命題を解明しても「ああそうか」と思うだけでしたが、子供が殺された場合には「ああそうか」と済ませることができない感情を抱いていました。
 このことから、田宮にとって子供が自身の人生の命題よりも重大なものとなっていたことが分かります。そして母親としての役割は、人間に育ててもらうことにしたため、田宮には生きる理由がなくなったのだと考えられます。そのため、田宮はこれ以上抵抗して生きる理由を持たず、ただ撃たれて命を落としたのではないでしょうか。

まとめ

 以上のことから、田宮が亡くなった理由は次のようにまとめられます。自身にとって最も重要な子供を新一に託し、謎の解明も重要ではなくなったため、生きる理由を失い、抵抗せずに命を落としました。しかし、その最期は子供を託すという目標を達成し、満足したものだったといえます。

引用:寄生獣/岩明均 講談社

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